いじめ自殺のニュースの組み立てを見ていると、『かわいそうだから、悲しいから、いじめはダメだ』というかなり浅い結論に終始しそうで恐い。表面的な感情ではなくて、本質的な倫理基準を自分で考えられる人間を育まないといけないと思う。
本筋ではないが、『他者に迷惑を掛けちゃいけない』という根源の倫理が機能していれば、例えば街中で「歩きタバコはやめましょう」「ポイ捨てはやめましょう」「席は譲りましょう」なんて言わなくてもいい。それらは根源の倫理基準に照らして考えれば分かることだから。
でも現状は表面的な注意喚起や感情論に終わってしまっている。ただ、教育の問題だと切り捨てられないし、メディアにも一因はある。安易な報道は考える機会を奪う。いじめ報道も確かにいじめという事象を減らす一助にはなるが、他人を傷つけることの愚かさという根本にまで踏み込んでいるだろうか。
むろん奥深いところは学校教育がフォローすべきことになる。しかしながら、メディアが「いじめはNG」という点だけにフォーカスしすぎないようにしたい。他者が介在する社会の中に生きていることを、重々、我々は理解すべきなのだ…。