7月1日に開幕する世界最大の自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」。毎年、八重洲出版が公式プログラム(配給元はレキップ)を発行している。海外のジャーナリストの切り取る記事は興味深いが、特にクリストファー・フルームのインタビューは短くても読み応えがある。たとえ"的外れ"であっても。

フルームはケニア生まれで現在はイギリス籍の白人レーサー。イギリスのトップチーム「チーム・スカイ」のエースとして、今年のツールでは4度目の総合優勝を狙う。このチーム・スカイは潤沢な予算を背景とした計算高い集団。野心を捨てた没個性的な戦術で勝利を重ねていき、イギリスのチームだということも相まって、集団内のヒール役になっているチームでもある。

当然ジャーナリストの目も厳しく、フランス人のジャンフランソワ・ケネ氏によるインタビューも口論の種を蒔いているようにも見える。このフランス人ジャーナリストは、イギリス籍のレーサーに、「あなたの年齢で(ツール4勝目を)手にした選手は誰一人として存在しない」「(3勝を挙げている先人たちが)それ以上勝てなかった理由を考えてみたことはあるか」などと質問を投げかける。フルームを苛立たせることができれば、フランス人ジャーナリストからみれば成功だろう。しかし企ては失敗する。フルームは激昂するのではなく、正面から受け止めて、質問に対して正直に答えていく。弱みも、強さも。慣れっこだと言うように。あるいは、隠すものなど何もないとでも言うように。


10年前にプロ初勝利を日本の「ツアー・オブ・ジャパン」で手にしたクリストファー・フルーム。2010年からはチーム・スカイに所属し、当時のエースだったブラッドリー・ウィギンスを実力で上回った。ツール・ド・フランスで過去3度の総合優勝に輝き、今年も表彰台の頂点に立つ最有力候補。ライバルはナイロ・キンターナ(モビスター)、リッチー・ポート(BMC)くらいだろう。

絶対王者。だが、昨季限りで引退したファビアン・カンチェラーラのような信頼をプロトン(集団)から受けているわけではない。体育会系の対極にいるチーム・スカイへの風当たりは強く、もちろんエースへの攻撃も容赦ない。あからさまに敵意をむき出しにするチームや選手もいるほどだ。ヴィンチェンツォ・ニバリ(バーレーンメリダ)が「フルームは別の自転車界に存在している」と切り捨て、「彼のチームはツールのことしか考えておらず、予算の許す限り集めた9人」で(ツール・ド・フランスに)乗り込んでくると語っている記事も載る。

それでもフルームは昨年、チーム・スカイらしからぬ攻めの走りを見せた。横風のステージではティンコフ(当時)に所属していたペテル・サガン(ボーラ)のアタックにいち早く反応、他のライバルを「逃げ切り」で引き離した。アシストにほぼ頼ることのなかった下り坂の仕掛け、個人タイムトライアルでの快走にもフルームの武闘派の表情を覗かせた。

また一方で、昨夏はフランス国内を中心にテロが相次いだ。そのたびにフルームが浮かべた沈痛な表情や、あるいはシャンゼリゼで発した言葉は、世界5大スポーツイベントの一角をなすツール・ド・フランスの顔にふさわしいものだった。

むろんジャーナリストやプロトンの一部を黙らすことはできていない。今年、ツール・ド・フランス主催者のA.S.Oもまたフルームに試練を与える。

フルームが得意とする個人タイムトライアルは短く、そこでは大きな差がつかない。傾斜のころころと変わる登坂は軽量級クライマーに有利だ。A.S.Oのイギリス人にばかり勝たせてはならないという思いが透けて見えるようなレイアウト。フルームは確かに苦しめられるだろう。それゆえにこのコースでフルームが優勝を果たせたなら、彼は真の信頼を勝ち取れるかもしれない。もちろんレースの目的は信頼を得ることではないが、すでにカンチェラーラは引退し、トマ・ヴォクレール(ディレクトエネルジー)も今大会限りでプロトンを去る。やはり、プロトンには束ね役がいる。

ジャーナリストの猜疑心に満ちた的を射ることのないインタビューを読みながら、フルームが総合首位の証「マイヨ・ジョーヌ」(黄色ジャージ)に袖を通し、パリ・エトワール凱旋門を周回する姿を思い浮かべる。脚と頭と何よりハートを使うスポーツ。必ずや強き者が大会を制し、集団のノイズを整えてくれるだろう。


とはいえ…。フルームが優勝の最有力候補ではあるが、前哨戦の「クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ」で表彰台を逃しているなど今年の調子は今ひとつ。ライバル勢にもマイヨ・ジョーヌのチャンスはある。

今年は混戦が予想されている。それは皆が強いというのではなく、皆が不安を抱えているから。フルームがライバル視するナイロ・キンターナ(モビスター)は5月に開催された「ジロ・デ・イタリア」(ジロ・ディタリア)に出場し、疲労を残している可能性は高い。リッチー・ポート(BMC)は個人の力だけをみれば十分にフルームに太刀打ちできるが、チームのアシスト勢は少し物足りない。アルベルト・コンタドール(トレック)は近年、全盛期の活躍を見せられておらず未知数。ロマン・バルデ(AG2R)は上り坂で他のエースを大きく引き離さなければ総合優勝は遠いままだ。

マイナス幅をどれだけ小さくできるか。今年、第5ステージに早くも厳しい山岳コースが登場する。1級山岳ラ・プランシェ・デ・ベル・フィルの登坂で誰が脱落者となるかが注目されているが、意外にも総合優勝を決める決定的な動きが出てくるかもしれない。
今大会は序盤戦から名前の挙がっていない伏兵や若きレーサーも攻めどころも仕組まれている。平坦区間でマイヨ・ジョーヌが逃げ切るという昨年のような(あるいは表現としては適切ではないかもしれないが「古き良き」ツールのような)展開もありうる。一方で、エースの不調をアシストの働きで隠すような状況が続けば、覇者争いは第20ステージの短いタイムトライアルにまで、もつれるだろう。


とかく楽しみだ。王者、クリストファー・フルームが今年も表彰台の頂上を極め、現代のプロトンでの存在感を高めるのか。個人的にはそうであってほしいが、一方で若い選手たちやヨーロッパ外の選手たちの活躍と優勝争いも見てみたい。

また、今年も日本人選手では新城幸也がバーレーンメリダから出場する。ヨン・イザギレのアシスト役を担うものの、昨年のように逃げに出るチャンスもありそうだ。
現在のところ、ヒエラルキートップのUCIワールドツアーチーム(全18チーム)に所属する日本人選手は新城と別府史之(トレック)の2名しかいない。今回は新城のみが選ばれたが、実は東アジアにまで広げても新城しか出場しておらず注目度は高い。1984年生まれで未だ成長中の「ARASHIRO」の活躍は、日本のレースシーンやスポーツシーンにもいい影響を与えてくれるはず。


第104回ツール・ド・フランスは7月1日(現地時間)、ドイツ・デュッセルドルフの短い個人タイムトライアルでスタート。ベルギー、ルクセンブルグを経て大会3日目にフランスに入り、向日葵の咲く台地や、九十九折りの山道を行く。7月23日にパリに至る全21ステージ(途中に休息日2日が入る)で競い、所要時間のもっとも短い選手が個人総合優勝(マイヨ・ジョーヌ)に輝く。ほかに、スプリンターが取ることが多くとりわけペテル・サガン(ボーラ)が連続受賞している「ポイント賞」、軽量の選手が比較的取りやすい「山岳賞」、25歳以下で所要時間の短い「新人賞」などが設定されている。


※今年は3年ぶりにNHK BS1で毎日ハイライト番組が放映される。また、フランス国営放送が全ステージをスタートからゴールまで中継するのに合わせ、有料放送のJ SPORTSでも全行程がライブ放送・配信される。(昨年までは大半のステージがレース途中からの中継だった)